【艦これ】呪い呪われ通常海域を駆けた五年間 ~プロローグ~

 

皆さん第三回るせる杯お疲れ様でした。

 

突然ですが私にドラマ性を求めるタイプのオタクです。アニメやゲームもドラマチックな展開を求めますが、ことにおいて人生においても求めます。毎日同じ日常よりも日々起きるイベントとそこから起きる人間ドラマに憧れる、そんなタイプです。要は痛い子です。厨二病でもあると思います。14の時にかかって結局20あたりで治るのを諦めました。

 

さて時刻は3月17日18時、イベントRTAも終わり毎日6-3で釘を拾う生活をしています。バルス杯優勝賞金で走るイベント楽しすぎた。さっき釘7バケツ1を引きました。
本記事は一月に自らが運営した第三回るせる杯が無事100人を超える大規模大会として無事終わり、これを機会に私が海域RTAと出会ってから何があったかを振り返るための記事です。要は自叙伝です。自分語りです。なので艦これの戦術的な部分の説明とかは多分しないと思います。期待してた人はごめんね。あと当時の記録と記憶を掘り出しながら書いてるから普通に間違ってるかもしれん!すまん!

 

さあこれから語られるのはこのゲームにモチベを見いだせなくなった男が海域RTAの呪いにかかり振り回し振り回されてきた物語。始まりは小さな出会い、小さな出来事でした。それでも物語の始まりには充分

 

はじまりはじまり

 

 

序章Ⅰ、始まりの出会い

時は15年夏、E7甲の防空棲姫をあ艦これの記事を片手に何とかクリアし、次の目標を探していました。結果次に手を出したのは

私「イベント甲で三回とも突破したし次はランカーとかいうものをしてみるか!」

イベントの最高難易度を何とか攻略できるようになった私が次に目指したのは戦果でした。とはいうものもそれまでの私は艦これまとめ記事とTwitterでしか情報源がなく艦これの話をする知り合いはリアルで一緒の始めた数人程度。彼らも戦果などやったことがなく当時はランカー入門記事等も見つからなかったためニコニコ生放送で実際に戦果をやっている人に戦果の稼ぎ方を聞くために艦これニコ生界に足を踏みいれました。

戦果のやり方を同鯖の生主に聞いてるうちにニコ生を見ながら艦これをするというのが習慣になっていきました。そのうちいろんな提督を見てみたくなり新規生主開拓を始めます。そんな中で出会ったのがRAG提督です。

RAG提督は第六戦隊(古鷹・加古・青葉・衣笠)を入れてイベント攻略をしている提督です。正直今となってはなぜ彼の枠に住み着くようになったのか記憶も定かではありませんが当時見た生主の中では一番バランスよく艦隊を育てていた気がします。どんな子でも一定のレベルはあるそんな鎮守府です。なるべく多くの艦を使いたくてまんべんなく育てていた私と同じ波長を感じたのでしょう。彼との出会いで私の中の時計が動き始めます。

 

↑なんか残ってた15夏E7甲の突破編成、若いね!

 

 

序章Ⅱ、ウロボロスの輪

時は少し経ち16年春。イベントを毎回RTA勢の放送を見ながら後ろをついていく、そんな艦これ生活をしていました。メインで見るRTA勢は特に決めておらずイベごとにバラバラ。16春イベントで見つけたのは同じ宿毛湾所属のとある提督でした。ここではLo提督とでもしておきましょう。

 

しかし時代は16春、そうあの16春です。基地航空と特効が不完全な挙動のまま実装されまともに倒せないE6E7のボス。そしていざバグを治すかと思えば直す前に始まるE6到達公式RTA、修正メンテ後にひっそりと追加されたE6破砕ギミック、一か所がRTA,先行勢の多くがすでに突破していたE5に設置されていました。さらに正式版にてE6で始まったのは開幕航空と航空支援で四桁ダメージを与えボスが落ちるのを祈るの開幕ガチャゲー。「艦娘否定ゲーム」といわんばかりの内容でした。(これ艦娘いる?飛行機だけで戦ったらいいじゃん)。今でも艦これ史上一番出来が悪いマップだと思っています。他にもバグとかテストプレイしてるのか疑わしい仕様があったけど多すぎるので各自で調べてくれ。

 

修正前、後にかかわらず界隈は多いに荒れました。

知り合いが何人もゲームを離れていきました。見ていた生主、RTA走者も走ることをやめてしまった人達がいた気がします。

 

私自身も相当に荒れました。RTA勢のすぐ後ろにくっついていたためE5にギミックが追加される前にE5をクリアしてしまっていたのです。E6の最後の破砕が一向に発動しません。後発がギミックを完全発動してどんどんE6をクリアしていく中何故か破砕が発動しない、結局運営自らがギミックマスを公開するまで最後の破砕は発動できませんでした。なんとかE6甲を割った私は何の迷いもなくE7丙を選びました。正直こんなイベントにこれ以上付き合いたくなかったのです。

 

そんななかLo提督は破砕ギミックが不完全な発動のままE6を殴り続け、見事夜戦で三択スナイプを決めてE6を突破、続くE7も突破します。艦隊の強さ、プレイヤーの体力、精神力。私になかったものをしっかり持ち合わせていました。彼を見た私はこれからイベントを先行する上で彼のような艦隊、精神を持たなければならないなと感じました。

 

しかしながら彼はイベント後普段なら平常時もやっていた艦これ放送をやめてしまいます。(実際にはイベだけはひっそりしていたようです)。やっぱり何かこのイベントで思うことがあったのかなと思い、艦これからお空に旅立ってしまった彼とそれまでこの16春で離れた行った知り合いを思い出し私は自分に「やめていった彼らの骨をサ終まで持っていく、そのために先行を続ける」という呪いをかけました。これが今だに私が先行を続ける理由の根幹になってます。

 

私をよく知る方はお察しかと思いますが私は呪いで艦これをプレイします。この後ことあるごとに呪い呪われ艦これをします。逆にモチベですることをあまりしません。16春もそうですがイベントを経るたびにどんどん減っていくRTA勢、そのほとんどはモチベの塊だった方がほとんどです。それをずっと見てきた私は生き残るためにモチベでやらないようにしました。要は先行を続けるための手段です。手段と目的が逆転してないかって?それ言われるとなんもいいかえせない・・・・

 

ところでこのお空のゲームに旅立ってしまったLo提督。この物語に後で登場することになります。巡り巡ったウロボロスの輪の始まり。

 

 

開幕 柱島杯、初陣

時は少し過ぎ16年6月、RAG提督の枠のリスナーから「柱島杯というのに出たい。RAG提督と出るんだけどチーム戦だからお前も出ないか?」といわれます。そのリスナーさんは柱島の提督で私と同じ瑞鶴が嫁艦でした。どうやら同じ瑞鶴嫁だからと誘ってくれたようです。

柱島杯は柱島サーバーがちょうどこの時設立から一年ということで行われた記念大会でした。いわゆる現在のるせる杯と同じような通常海域RTAでしたが、全ての海域ではなく大会運営が選んだいくつかの海域をリレーでつないでいくという形式でした。

それまでRTAなんて物には参加したことがありませんでしたがせっかくの誘いなのでとりあえず参加してみることにしました。イベRTAを見てたわけですし、ニコニコ動画で違うゲームのRTA動画を見るのも好きでした。ちょっと自分でもやってみようかなって思いました。

放送は必須ではありませんでしたがせっかくならと配信の方法を調べて配信することに、ここからたまに配信をするようになりました。

私とRAG提督と誘ってくれた柱島の提督で3人、さらに宿毛湾共同の管理人だった提督もチームに加わり5人目にタクス提督が加わりました。付き合いになろうとしているタクス提督とはここで知り合いました。

タクス提督はイベント海域で改二艦を使わないとかいう頭のおかしい縛りをしている提督です。この後彼とはリアルでも合い比較的すぐに打ち解けるのですがしばらくは生主同士、イベ先行と縛り勢とで比較的緩い(当社比)関係が続きました。大きく歯車が動くのは2020年から。

 

5人でチームを結成しチーム名は各々の嫁艦が旗艦を務めた経験があったことから「砲雷空flagships」に決定。

私の担当海域は5-2と6-2。

当時はケッコン艦をかなり絞っていたため99カットが組めたことと5-2の軽空母に艦載機を載せず対潜カットを行いました。それ以外はいたって普通の海域攻略。

 

5-2が6位/13位、6-2が8位/13位とかだったと思います。いたって普通の順位でした。これが現在海域RTAに呪われている男の初陣です。

 

この時点では別にハマりもしませんでした。

 

しかしながらここで配信を始めたこと。そしてタクス提督との出会いが後々大きなうねりとなるとはこの時はまだ誰も知る由がなかったのです・・・・